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設計が壊れるのではなく、前提が変わる

ほたる
公開日:
約12分

どうも、ほたるです。

家計管理について話していると、「一度うまくいかなくなった」という声を聞くことがあります。

先取り貯蓄を設定したのに続かなくなった、自動化していたサービスが終わってしまった。そういう経験です。

確かに、うまくいかないことはあります。ただ、私はこれを「設計が壊れた」とは、あまり考えていません。

正確に言えば、設計そのものが壊れることは、ほとんどありません。壊れたように見えるとき、たいていは前提のほうが変わっています。

今回は、この考え方について整理してみます。

設計そのものは、そう簡単に壊れない

まず、前提として。

「先取り貯蓄が必要だよね」「自動化は必要だよね」という理解は、私の中でずっと変わっていません。

なぜかというと、それが認知的負担を減らしてくれるからです。お金のことで、いちいち気を取られないで済む。これは、お金の管理にとって、かなり大きな意味を持ちます。

周囲からは「そんなことまで考えているのか」と驚かれることがあります。実際、そう見られることも少なくありません。ただ、やっていることの意味は、とてもシンプルです。

だから、先取り貯蓄そのものが機能しなくなる状況は、考えにくい。インフレの世界でも、デフレの世界でも同じです。

極端な話、金融資産という概念がなくなる世界になれば、設計も何も必要なくなります。そのときは、その世界に合わせるだけのことです。

つまり、設計そのものが壊れることは、ほとんどないわけです。

前提は、必ず変わっていく

では、何が変わるのかというと、前提です。

「なぜ先取り貯蓄をするのか」「なぜ自動化するのか」という理由は、少しずつ変わっていきます。うまくいかなくなるというより、うまくいかなくなるタイミングが訪れる、という感覚です。

技術は常に動いています。今使っているサービスが、明日も同じ形で残っているとは限りません。

たとえば、今はネット銀行に寄せていく必要があると考えています。実店舗のある銀行より、家にいながらスマホやパソコンで資金を動かせるほうが、合理的だからです。インターネットバンキングは、いずれ必須になっていくでしょう。

ここで大事なのは、手段が目的にならないことです。特定の銀行を使うことが目的なのではなく、必要なところにお金が流れることが目的です。ブランドで選んでいるわけではない。そこがずれると、本末転倒になります。

さらに、貯蓄がうまく進むほど、別の必要性も生まれてきます。現金だけで持っていると、インフレに対応しづらい。だから投資が必要になる。それを定期的に購入するとなれば、これも先取り貯蓄の考え方の延長になります。

NISAやiDeCo、企業型DCといった制度の土壌も、この10年でかなり整ってきました。

こうして、知識や経験、貯蓄の状況が変われば、元の設計では自分の理想を叶えられない瞬間が訪れます。これは失敗ではなく、順調に進んだ結果として、変わってくるものなんです。

キーインサイト

うまくいかなくなる、というより、うまくいきすぎて前提が変わる。設計が壊れたのではなく、設計を作ったときの状況が変わっただけ。

変わっても変えていける設計

では、どういう設計がいいのか。

大事なのは、「変わらない設計」を作ることではなく、変わっても変えていける設計であることです。

そのために、私が意識しているのは、シンプルであることです。

理由は、シンプルだと切り替えのコストが低いからです。設計が複雑であればあるほど、切り替えるときの負担が大きくなります。認知的に重くなると、人は投げやりになり、「もう触らないでおこう」となりがちです。

掃除と同じですね。日々こまめにやっていれば、大掃除もそれほど負担にはなりません。でも、普段まったくやっていないと、大掃除が巨大なプロジェクトになって、手をつけられなくなる。

だから、設計は、変えるにしても変えないにしても、中身がシンプルなほうが運用しやすい。引き継ぎも、理解も、しやすくなります。

私も凡人ですから、認知的負担はできるだけ減らしたい。そのぶん、もっと別のところで、いいパフォーマンスを出せると思っています。家計管理の設計でも、これから資産を築いていきたいという場合でも、シンプルなほうがいい。

理由は、毎回、自分の今の状況を把握することが求められるからです。

複雑な設計 シンプルな設計
切り替えコストが高い 切り替えが簡単
認知的負担が大きい 把握しやすい
投げやりになりやすい 見直しやすい

見直しの仕方

では、設計を見直すとき、どうすればいいのか。

私が大事にしているのは、事実から追うことです。主観は、できるだけ入れない。

今の自分からすると、「設計が壊れるとは、そもそも何なのか」と思います。見直すことはあっても、壊れるという感覚は、あまりありません。

たとえば、ネット銀行のサービスが終わって、自動化していた資金移動ができなくなったとします。これを「壊れた」と呼ぶなら、別の同種のサービスを使えばいいだけです。

まったく同じサービスではないでしょう。でも、影響がなければ、それで構いません。多少の工夫や、認識の修正が必要になるかもしれない。手間が増えるかもしれない。それでも、前提が変わったのだから、直せばいいだけのことです。

直し方は、客観的な事実を基準にします。それが9割。感情は1割ほど入ってもいいと思います。楽に必要なことができるなら、多少のブレや甘さがあっても構わない。私はそう考えています。

大きな流れのところでずれていなければ、そこにいるだけで、基本的には良くなっていきます。少なくとも、今の地点から右肩上がりになればいい。

「どうすればいいんだろう」と考えている時間は、案外楽しいものです。失敗したとしても、失敗したその地点から右肩上がりになればいい。失敗しているのは、自分だけではありません。

うまくいかなくなった → 設計が壊れた?(思い込み) → 事実から追う(主観を入れない) → 前提が変わったとわかる → 見直す

まとめ

今回お伝えしたかったのは、設計が壊れるのではなく、前提が変わる、ということです。

  • 設計そのものは、そう簡単に壊れない
  • うまくいかなくなるのではなく、順調に進めば前提が変わる
  • だから大事なのは、変わらない設計ではなく、変わっても変えていける設計
  • そのために、シンプルさと、人に説明できることを意識する
  • 見直すときは、事実から追う(主観を入れない)

完璧を目指すのはいいけれど、そこから少し外れたからといって、ダメでも失敗でもありません。余白を持っておく。「こうなればいいな」という感覚を、大切にしていく。

他人と比較する必要も、あまりありません。「自分は2000円のランチを食べている」と言われても、気にする必要はないと思います。1000円で美味しいものがあって、自分がそれを選べているなら、それで十分です。その差額で別のことをやっている、という選択でもいい。

シンプルにやっていくことの良さは、大事な軸からずれにくいことです。甘さや弱さ、余白があることで、そこに、その人らしさが出るのだと思います。

ただ、何も考えずに好き放題やるのも、人からの影響を受けすぎるのも、どちらも極端です。そのあたりは、うまく外していけるといいですね。

まあ、そんな感じで、設計を壊すのではなく、前提の変化に合わせて、少しずつ変えていけるといいなぁという話でした。


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