どうも、ほたるです。
努力しているのに、なぜかうまくいかない。
そんな時期が、私にもありました。というより、今でも普通にあります。
頑張っているつもりなのに、成果につながらない。
原因は努力の量ではないと気づくまで、少し時間がかかりました。
今回のテーマは「健康が先」ということです。
努力の話ではなく、その前段の話です。
- 全力で取り組んでいるのに、うまくいかない
- 原因を努力の量だと思っている
- でも、その前に整えるべきものがある
- 精彩を欠く原因は、中身ではなく前段にある
- 健康は掛け算の元の基準になる
- 健康は努力の代替ではなく、確率を上げるもの
- 感覚だけでなく、数値で見る
「精彩を欠く」という状態
人が精彩を失う最大の理由は「その行動自体に中身がないこと」ではありません。
睡眠不足、動かない体、誰とも本気で話していないこと。
私はそう考えています。
と言っても、今回のもまた、AIとの壁打ち内で考えされられたんですよね。
抽象的だけど、自分の考えと合致していたし、言語化していた方が良さそうだなと思ったので、記録に残そうかなと。
努力してもいかないときに、その努力の中身である、取り組み方や方法論が間違っているという結論になりやすいと思っています。
実際にその場合もありますが、今回の話はその前の話というイメージで理解してほしいです。
身も蓋もない言い方をすれば、中身の問題にされるのが一番きついんですよね。
中身がないからだと言われたら、努力しても努力しても足りない気がしてしまう。
でも、努力をする前の準備段階ができていないのなら、中身の問題で解決しない可能性が高いです。
中身はあるのに、それが発揮できない状態がある。
その状態を作っているのが、睡眠や運動や会話の不足なんです。
会話にも、種類がある
ここで言う会話は、世間話や雑談のことではありません。もちろん、それも大事です。でも、それだけでは足りないと思っています。
私が言いたいのは、相談したり、頭を動かしたりする会話です。
誰かに相談する。一緒に考える。意見をぶつけ合う。そういう会話は、頭の中を外に出して、もう一度組み立て直す作業になります。一人で考えているだけでは気づけないことに気づけるし、考えが勝手に固まるのも防げます。
逆に、浅い会話だけを続けていると、いくら話していても、頭は動きません。楽しいけれど、それだけでは精彩を保てないんですよね。
私自身、この手の会話は多いほうではありません。だからこそ、足りていないときは、頭が鈍っている感覚があります。反省も込めて、書いておきます。
健康は「身体」と「心」の両方
ちなみにここで言う健康は、身体だけの話ではありません。心も含みます。
そして、どちらが主であり、どちらも対象です。
片方が良くても、もう片方が悪ければ、それは健康とは言えないと思っているからです。
| 片方だけ | 両方ある |
|---|---|
| 身体は元気でも、心が重い | 心身が整っている |
| 心は元気でも、体が動かない | 動けるし、前向きでいられる |
| 相互に悪化しうる | 相互に高め合う |
よって身体と心、どちらも備わって、初めて健康かなと。
健康は「掛け算や足し算の元の基準」
ここからが、今回いちばん伝えたいところです。
努力と成果の関係を、私は掛け算の場合と、足し算の場合と捉えています。
「いや、どっち?」となるかもしれませんが、どっちもありえるとしか言えないです。
健康 × 努力 = 成果
健康 + 努力 = 成果
ここで大事なのは、どちらのモデルか、ではありません。「掛け算や足し算の元の基準」の部分です。
考えてみれば、努力の量は自分で増やせる。でも、その努力がどう効くかは、元の基準で決まります。元が高ければ、同じ努力でも成果が積み上がりやすい。逆に、健康がマイナスの状態で頑張ると、掛け算の結果はマイナスの方向に広がってしまうことがあります。努力した分だけ、マイナスが大きくなる。これは、努力が無駄になるどころか、逆効果にもなりかねません。
だから私は、マイナス → ゼロ → プラスの順番を意識しています。
まずマイナスをゼロに戻す。それからプラスのことを考える。
ここをすっ飛ばして、マイナスからいきなりプラスを目指すと、頑張りすぎたせいで、むしろマイナスが大きくなることもあります。
掛け算でも足し算でも、どちらでもいいんです。
ただ、どちらに転んでも、元の基準は高い方がいい。それだけの話です。
そして健康は、成果だけでなく、もう一つ関係してきます。それは挑戦を選ぶ確率です。
疲れていると、「週末に新しいことをしよう」とはなりません。
まず「体を休めよう」となります。これは怠惰なのではなく、優先順位からすれば当然のことです。
つまり健康でないと、そもそも挑戦を選びにくいんですよね。
「健康さえあれば」でも「健康がなければ」でもない
ここで、誤解を解いておきたいことがあります。
私が言いたいのは、「健康さえあれば何でもできる」ということではありません。
「健康以外の努力はしなくていい」とは思わないからです。
でも同時に「健康がなければ何も始まらない」とも少し違うんですよね。
健康は、何か起こす確率や、成果を上げるものかなと。
絶対条件ではないけれど、ある方が合理的。そういう位置づけです。
健康は努力の代替ではなく、努力が報われる確率を上げるもの。だから「健康のため」は、楽をする言い訳にはならない。
これは、努力信仰の人ほど受け入れにくい考えかもしれません。
「体調管理も実力」と言われると、努力を軽んじられた気がする。
あるいは、自分の過ちを認めたくない気持ちも働くかもしれません。
ただ、立ち止まって考えてみると、努力を否定しているわけではないんです。
せっかくの努力を、無駄にしないための話です。
だから、健康=努力の代替ではない。これだけは、はっきりと書いておきたいところです。
健康は人によって違う
もう一つ、大事なことがあります。
「健康」と一言で言っても、人によって違うんですよね。
そもそも、絶対的な健康の水準というものは、厳密には存在しません。
平均体重も理想的な体型も、統計の中で生まれたものです。参考になる部分は多いけれど、確定的なものではない。
だからこそ、自分で整理しておく必要があります。
自分の健康状態、実感、理想の生活。それらを、体感の上で「調子がいい」と思えることを増やしていく。
健康は、他人の基準を参考にしつつも最終的には自分専用の判断基準を持った方がいいと思っています。
これは、私が投資や家計でも大事にしている考え方と似ている気がします。
感覚だけに頼らず、数値で見る
とはいえ、感覚だけに頼るのは危ういとも思っています。
感覚でうまくやれている人もいるとは思います。
でも、感覚が優れていない人や、自分の認知とずれてしまう人は、必ず一定数います。
だからこそ、客観的な数値で見ることをおすすめします。
記録するのは、たとえばこんなものです。
- ① 睡眠時間
毎日の眠りの長さと質
- ② 活動時間
体を動かした時間
- ③ バイタル
脈拍、血圧など
- ④ 体重・体脂肪
体型の変化
私の場合は、Google Fit に情報を集約しています。
Xiaomiのスマートウォッチやアプリなどを使って、そこに統合しています。
多少数値が甘いところがあっても、傾向として見ることが大事なので、今のところ気にしていません。
スマートウォッチも、今は安いものがあります。
Xiaomi のものであれば、5〜6千円くらいから買えます。私も実際に使っていますが、悪くないです。
やがて、こうした記録をAIが評価して、「こうした方がいい」と提案してくれるようになる。それに従っていれば、自ずと健康になっていく。そんな世界が来ると思っています。
まずは、自分のことをモニタリングする。それをデータベース化しておく。これだけで、ずいぶん違ってきます。
まとめ
何をやるかは、それぞれの自由です。それは別の話。
でも、その「やる前」に、健康という土台があった方がいい。掛け算でも足し算でも、元の基準が高い方が合理的だからです。
健康は努力の代替ではなく、努力が報われる確率を上げるもの。そして、健康は人によって違うから、自分で整理する。感覚だけでなく、数値でも見ておく。
ぜひ一度、あなたにとっての「調子がいい」状態はどんなときかを、考えてみてはいかがでしょうか。
まあ、そんな感じで、努力を続けながら、その前段の土台も一緒に整えていけるといいなぁという話でした。