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我慢しなくていい支出の見つけ方

ほたる
公開日:
約15分

どうも、ほたるです。

節約というと、つい「我慢する」ことを思い浮かべてしまいます。

食べたいものを我慢する。欲しいものを我慢する。行きたい場所を我慢する。そうやって支出を削れば、お金は貯まるのだと。

でも、私はこの考え方に、少し距離を置いています。

なぜなら、我慢には副作用があるからです。目の前の金額は減っても、別のところで損をしていることがある。私自身、それに気づかないまま、遠回りをした時期がありました。

今回は、我慢しなくていい支出の見つけ方について、私なりの考えを共有します。

我慢する節約が、別のところで損をする

昔、漠然と「節約はした方がいいよな」と思っていた時期がありました。

深く考えていたわけではなく、なんとなく節約した方がいい。その程度の意識でした。

その頃の私は、食べるものの栄養を、あまり深く考えていませんでした。お腹が膨れればいい、という感覚です。安くて量があれば、それでいいと思っていました。

結果として、体型が望んだものにならなかったり、脳の働きが思うようにいかなかったりしました。振り返ってみると、自分にとってベストなパフォーマンスを出しにくい状態を、自分で作っていたんだと思います。

食費を削って浮いた数百円と、パフォーマンスが落ちた損失。比べてみると、どちらが大きかったのかは、明らかでした。

もうひとつ、見落としていた副作用があります。

節約を意識しすぎると、周りに気を遣わせてしまうことがあるんです。

私の中では「節約は自分の話」であって、他人には関係がない。そう思っていました。でも、日頃から節約しているムーブが周囲に見えていると、誘いづらくなる。飲み会や旅行の話を、相手が遠慮してしまう。

これは、私自身が損をしたというより、周囲に余計な気を遣わせてしまった、という話です。節約は自分だけの話ではないんだなと、後から気づきました。

キーインサイト

我慢して削った金額は、たいてい小さい。でも、削ったことで失う価値は、それより大きいことがある。目の前の数字だけで判断すると、別のところで損をする。

判断の基準は「投資的価値」

では、どうやって「これは削っていい」「これは削らない」を判断するのか。

私が使っている基準は、投資的価値があるかどうかです。

何かを使うとき、私はこう考えます。「このお金で得られる対価は、どれくらいのものだろう」「これは自分にとって、どうだろう」と。

ここで大事なのは、他人にとってではなく、自分にとってどうかで考えることです。同じ金額を使っても、価値の感じ方は人によって違います。他人の正解を基準にしても、自分の判断はできません。

そして、投資的価値があると思えば、買います。投資的価値が低いと思えば、見送ります。

おもしろいのは、これが衝動買いにも当てはまることです。

見た目は衝動買いでも、投資的価値があると思えば、買うことがあります。トレードと同じで、飛び込むときの「エイヤ」は大事ですから。

大事なのは、衝動買いかどうかではなく、どういう衝動で買っているのかです。

「これを買ったら、幸せになれる気がする」という、その瞬間の気分だけで買わない。代わりに、こう考えます。

  • これは、どう考えてもプラスになるか
  • 少なくとも、マイナスにはなりにくいか
  • 失敗したとしても、学びになるか
その瞬間の気分だけで決める(失敗しやすい) → 投資的価値があるか考える → プラスになる / マイナスになりにくい / 学びになる → お金を出す

このどれかに当てはまるなら、お金を出します。当てはまらないなら、やめておきます。

使えるお金には上限があります。だから、何でもかんでも「経験になる」と言って買うわけにはいきません。100の経験になるものと、10の経験にしかならないもの。100の価値を感じられるものと、10の価値しか感じられないもの。そういうものは、必ずあります。

一般的なラインもあるでしょうし、人それぞれ感じ方が違ってもいい。ただ、その違いを意識して考えるようにしています。

気分で買う 投資的価値で買う
今の気分の高揚で決める 自分にとっての対価を考える
他人の評価を基準にする 自分にとってどうかを基準にする
高いか安いかで見る 価値が高いか低いかで見る

とはいえ、やってみないと分からないことも多いです。だから、一度は試しで使ってみる。始めるとしても、スモールスタート。ベビーステップ。そういう進め方をしています。

手放さない支出

では、私が手放さない支出は何か。

ひとつは、健康に関することです。多少、栄養学の知識をつけてから、健康には本当にお金をかけるようになりました。これは、我慢しないと決めている部分です。

もうひとつは、生活のQOLに直結するものです。

たとえば、お風呂。私はお風呂が大好きです。しかも、お風呂に入ることは健康にも衛生にも良いとされています。水道光熱費を節約しようと思えば、使うお湯をケチることはできます。でも、そこをケチると、途端にQOLが下がる。だから、極端には削りません。

ただし、ここには注意点があります。

当然、QOLの中身は、人によって違う場合もあります。「これがQOLを上げる」と一般的に言われているものでも、自分に合うとは限りません。仮初のQOLや、他人のQOLアップ例に振り回されないことが大事です。

試してみるのは良いことです。でも、合わないと思ったら、一般的な合理性は意味をなさないときがあります。しかも、そういうことは割とあります。

だから、自分の実感を基準にする。一般論ではなく、「自分にとってどうか」で判断する。これが結局は、いちばん遠回りしない方法なんだと思います。

手放していい支出 手放さない支出
投資的価値が低い 投資的価値が高い
気分の高揚だけのもの 健康やQOLに直結するもの
一般的な合理性で選ぶ 自分の実感で選ぶ

誤解しないでほしいのは、これは「水道光熱費を削らない」という意味ではないことです。電気会社やガス会社の契約を見直すのは、安い方がいいので当然やります。削るのは契約であって、使う資源ではない、という区別です。

逆に、私が魅力を感じないのは、無駄金っぽい使い方です。本当にお金が有り余っている人がするような使い方。そこには、自分はあまり価値を感じません。

そして、もうひとつ手放せないものがあります。挑戦するための費用です。

アラフォーになると、日常で大きなワクワクに出会うことは、そう多くありません。ちょっとしたワクワクはありますし、自分が何を好きかも分かっています。でも、自分の知らない世界があって、そこに興味が湧く。そういうことが、時々あるんです。

そのときに、試しに飛び込んでみるための費用は、意識的に使うようにしています。決まった項目があるわけではなくて、概念として持っている感じです。大きなことはしませんが、挑戦の入口に立つためのお金は、手放さない。そう決めています。

手放すための設計

ここまでは「何を削るか、何を残すか」の基準の話でした。

もうひとつ大事なのが、我慢せずに手放すための設計です。

「やめよう」と決めるのではなく、やめなくて済む状態を作る。これが、我慢に頼らない方法です。

たとえば、カフェ通いをやめたいとき。「行かない」と決めるのは、結局我慢になります。そうではなく、家でやりたいことが気持ちよくできる環境を作る。行く必要がなくなる状態を設計する。これなら、意志力を使いません。

同じように、好きなことにお金を使いたいときは、その予算を最初に確保します。余ったら使う、ではなく、先に取り分けておく。こうすれば、罪悪感なく使えます。

やめたい支出がある → 我慢すると決める(失敗しやすい) → やめなくて済む状態を設計する → 意志力を使わずに手放せる

我慢は消耗します。そして、消耗するものには、いつか限界が来る。だから、我慢ではなく設計にする。これが、私の基本の考え方です。

まとめ

今回お伝えしたかったのは、節約は我慢ではない、ということです。

  • 我慢して削った金額は小さいのに、失う価値は大きいことがある
  • 削るか残すかは、投資的価値があるかで判断する
  • 衝動買いかどうかではなく、どういう衝動で買っているかを見る
  • 健康とQOLに直結するものは、手放さない(ただしQOLは人それぞれ。一般論に振り回されない)
  • 契約は見直すが、使う資源は削らない
  • 挑戦の入口に立つ費用は、意識的に使う
  • 手放すときは、我慢ではなく設計で

大事なのは、我慢して支出を減らすことではなく、どこにお金を使うかの優先順位を決めることです。

逆に言えば、優先順位が決まっていれば、迷わない。削るべきものは自然と分かりますし、残すものには堂々と使えます。

昔、漠然と節約していた頃の私は、この優先順位を持っていませんでした。だから、いちばん削ってはいけないところを削って、いちばん損をしていたんだと思います。

まずは、自分にとって手放したくない支出を、ひとつ書き出してみてはいかがでしょうか。それが、自分なりの基準の出発点になります。

まあ、そんな感じで、我慢ではなく設計で、お金と付き合っていけるといいなぁという話でした。


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