どうも、ほたるです。
節約というと、つい「我慢する」ことを思い浮かべてしまいます。
食べたいものを我慢する。欲しいものを我慢する。行きたい場所を我慢する。そうやって支出を削れば、お金は貯まるのだと。
でも、私はこの考え方に、少し距離を置いています。
なぜなら、我慢には副作用があるからです。目の前の金額は減っても、別のところで損をしていることがある。私自身、それに気づかないまま、遠回りをした時期がありました。
今回は、我慢しなくていい支出の見つけ方について、私なりの考えを共有します。
我慢する節約が、別のところで損をする
昔、漠然と「節約はした方がいいよな」と思っていた時期がありました。
深く考えていたわけではなく、なんとなく節約した方がいい。その程度の意識でした。
その頃の私は、食べるものの栄養を、あまり深く考えていませんでした。お腹が膨れればいい、という感覚です。安くて量があれば、それでいいと思っていました。
結果として、体型が望んだものにならなかったり、脳の働きが思うようにいかなかったりしました。振り返ってみると、自分にとってベストなパフォーマンスを出しにくい状態を、自分で作っていたんだと思います。
食費を削って浮いた数百円と、パフォーマンスが落ちた損失。比べてみると、どちらが大きかったのかは、明らかでした。
もうひとつ、見落としていた副作用があります。
節約を意識しすぎると、周りに気を遣わせてしまうことがあるんです。
私の中では「節約は自分の話」であって、他人には関係がない。そう思っていました。でも、日頃から節約しているムーブが周囲に見えていると、誘いづらくなる。飲み会や旅行の話を、相手が遠慮してしまう。
これは、私自身が損をしたというより、周囲に余計な気を遣わせてしまった、という話です。節約は自分だけの話ではないんだなと、後から気づきました。
我慢して削った金額は、たいてい小さい。でも、削ったことで失う価値は、それより大きいことがある。目の前の数字だけで判断すると、別のところで損をする。
判断の基準は「投資的価値」
では、どうやって「これは削っていい」「これは削らない」を判断するのか。
私が使っている基準は、投資的価値があるかどうかです。
何かを使うとき、私はこう考えます。「このお金で得られる対価は、どれくらいのものだろう」「これは自分にとって、どうだろう」と。
ここで大事なのは、他人にとってではなく、自分にとってどうかで考えることです。同じ金額を使っても、価値の感じ方は人によって違います。他人の正解を基準にしても、自分の判断はできません。
そして、投資的価値があると思えば、買います。投資的価値が低いと思えば、見送ります。
おもしろいのは、これが衝動買いにも当てはまることです。
見た目は衝動買いでも、投資的価値があると思えば、買うことがあります。トレードと同じで、飛び込むときの「エイヤ」は大事ですから。
大事なのは、衝動買いかどうかではなく、どういう衝動で買っているのかです。
「これを買ったら、幸せになれる気がする」という、その瞬間の気分だけで買わない。代わりに、こう考えます。
- これは、どう考えてもプラスになるか
- 少なくとも、マイナスにはなりにくいか
- 失敗したとしても、学びになるか
このどれかに当てはまるなら、お金を出します。当てはまらないなら、やめておきます。
使えるお金には上限があります。だから、何でもかんでも「経験になる」と言って買うわけにはいきません。100の経験になるものと、10の経験にしかならないもの。100の価値を感じられるものと、10の価値しか感じられないもの。そういうものは、必ずあります。
一般的なラインもあるでしょうし、人それぞれ感じ方が違ってもいい。ただ、その違いを意識して考えるようにしています。
| 気分で買う | 投資的価値で買う |
|---|---|
| 今の気分の高揚で決める | 自分にとっての対価を考える |
| 他人の評価を基準にする | 自分にとってどうかを基準にする |
| 高いか安いかで見る | 価値が高いか低いかで見る |
とはいえ、やってみないと分からないことも多いです。だから、一度は試しで使ってみる。始めるとしても、スモールスタート。ベビーステップ。そういう進め方をしています。
手放さない支出
では、私が手放さない支出は何か。
ひとつは、健康に関することです。多少、栄養学の知識をつけてから、健康には本当にお金をかけるようになりました。これは、我慢しないと決めている部分です。
もうひとつは、生活のQOLに直結するものです。
たとえば、お風呂。私はお風呂が大好きです。しかも、お風呂に入ることは健康にも衛生にも良いとされています。水道光熱費を節約しようと思えば、使うお湯をケチることはできます。でも、そこをケチると、途端にQOLが下がる。だから、極端には削りません。
ただし、ここには注意点があります。
当然、QOLの中身は、人によって違う場合もあります。「これがQOLを上げる」と一般的に言われているものでも、自分に合うとは限りません。仮初のQOLや、他人のQOLアップ例に振り回されないことが大事です。
試してみるのは良いことです。でも、合わないと思ったら、一般的な合理性は意味をなさないときがあります。しかも、そういうことは割とあります。
だから、自分の実感を基準にする。一般論ではなく、「自分にとってどうか」で判断する。これが結局は、いちばん遠回りしない方法なんだと思います。
| 手放していい支出 | 手放さない支出 |
|---|---|
| 投資的価値が低い | 投資的価値が高い |
| 気分の高揚だけのもの | 健康やQOLに直結するもの |
| 一般的な合理性で選ぶ | 自分の実感で選ぶ |
誤解しないでほしいのは、これは「水道光熱費を削らない」という意味ではないことです。電気会社やガス会社の契約を見直すのは、安い方がいいので当然やります。削るのは契約であって、使う資源ではない、という区別です。
逆に、私が魅力を感じないのは、無駄金っぽい使い方です。本当にお金が有り余っている人がするような使い方。そこには、自分はあまり価値を感じません。
そして、もうひとつ手放せないものがあります。挑戦するための費用です。
アラフォーになると、日常で大きなワクワクに出会うことは、そう多くありません。ちょっとしたワクワクはありますし、自分が何を好きかも分かっています。でも、自分の知らない世界があって、そこに興味が湧く。そういうことが、時々あるんです。
そのときに、試しに飛び込んでみるための費用は、意識的に使うようにしています。決まった項目があるわけではなくて、概念として持っている感じです。大きなことはしませんが、挑戦の入口に立つためのお金は、手放さない。そう決めています。
手放すための設計
ここまでは「何を削るか、何を残すか」の基準の話でした。
もうひとつ大事なのが、我慢せずに手放すための設計です。
「やめよう」と決めるのではなく、やめなくて済む状態を作る。これが、我慢に頼らない方法です。
たとえば、カフェ通いをやめたいとき。「行かない」と決めるのは、結局我慢になります。そうではなく、家でやりたいことが気持ちよくできる環境を作る。行く必要がなくなる状態を設計する。これなら、意志力を使いません。
同じように、好きなことにお金を使いたいときは、その予算を最初に確保します。余ったら使う、ではなく、先に取り分けておく。こうすれば、罪悪感なく使えます。
我慢は消耗します。そして、消耗するものには、いつか限界が来る。だから、我慢ではなく設計にする。これが、私の基本の考え方です。
まとめ
今回お伝えしたかったのは、節約は我慢ではない、ということです。
- 我慢して削った金額は小さいのに、失う価値は大きいことがある
- 削るか残すかは、投資的価値があるかで判断する
- 衝動買いかどうかではなく、どういう衝動で買っているかを見る
- 健康とQOLに直結するものは、手放さない(ただしQOLは人それぞれ。一般論に振り回されない)
- 契約は見直すが、使う資源は削らない
- 挑戦の入口に立つ費用は、意識的に使う
- 手放すときは、我慢ではなく設計で
大事なのは、我慢して支出を減らすことではなく、どこにお金を使うかの優先順位を決めることです。
逆に言えば、優先順位が決まっていれば、迷わない。削るべきものは自然と分かりますし、残すものには堂々と使えます。
昔、漠然と節約していた頃の私は、この優先順位を持っていませんでした。だから、いちばん削ってはいけないところを削って、いちばん損をしていたんだと思います。
まずは、自分にとって手放したくない支出を、ひとつ書き出してみてはいかがでしょうか。それが、自分なりの基準の出発点になります。
まあ、そんな感じで、我慢ではなく設計で、お金と付き合っていけるといいなぁという話でした。