どうも、ほたるです。
AIの話をすると、だいたい「便利ですよね」で終わります。
私も少し前までは、そういう使い方しかしていませんでした。
でも今年の前半くらいから、付き合い方がはっきり変わってきました。
今回は、AIが「検索の代わり」から「任せる相手」に変わったという話と、任せられる量は自分の見識で決まるという実感を共有します。
- 検索の代わりに使う段階で、多くの人が止まる
- 「便利ですよね」の先に何があるのか分からない
- 知識を増やしても、任せられる量が増えるとは限らない
- AIは「検索の代わり」から「任せる相手」に変わった
- 任せられるかどうかを決めるのは「型」
- 見識は前提込みの判断。行動でしか増えない
- これからの問いは「何を任せないか」
AIは「検索の代わり」から「任せる相手」に変わった
1年前の私は、AIを検索の代わりに使っていました。
分からない言葉を調べる。文章を整える。そういう用途です。
当時は、答えを出す道具という理解でした。
今は違います。仕事を任せる相手として見ています。
任せて、返ってきたものを見て、また任せる。その繰り返しで作業が進みます。
この変化は、段階でいうと4つくらいに分けられるのかなと思っています。
2で止まる人が多い気がします。私も長いことそこにいましたし、今も片足は突っ込んだままです。
実際、便利ですしね。
2は「便利だな」で終わってしまう段階ですが、恐らくそれでは今のAIの力を活かしきれていません。
今の仕事ではこれをやっているだけでも、平均以上な気はします。
でも、その先に進んだ方が楽しいことが増えると思っています。
ここから先に進むには、何かが要ります。それが何なのかを、次の章から書いていきます。
1年前の私は、自己満足でツールを作っていた
1年前、私はAIを使って、自分でソフトやツールを作ろうとしていました。
世界は確かに広がりました。できることの幅は増えました。
ただ、現実問題として、それを使わないで、世間にあるアプリを使った方がいいなと感じたんですよね。
自分で作ったものは、自分でしか使えません。自分でしか直せません。
機能も、世間のアプリには及びません。
自己満足でしかなかったなと思います。
作ること自体が目的になっていたんですね。
今は逆です。既にあるものを使い、足りない部分だけを自分で作る。
この順番の違いは大きいなと感じています。
任せられる量を決めるのは「型」
では、AIにどんどん任せられる人と、そうでない人の差は何なのか。
私の実感では、元になるものを持っているかどうかです。私はこれを「型」と呼んでいます。
型というのは、うまくいく事例、経験、詳しい知識のことです。
たとえば、健康データをまとめるアプリを作っていたときのことです。
Cloudflareの無料枠でWorkers(=サーバー上でプログラムを動かせるサービス)が使える、という知識が私にありました。
するとAIへの指示が具体的になります。「この構成で作って」と渡せるわけです。
逆に、その知識がないと、AIから「どうしますか?」と選択肢を返されるたびに、毎回ゼロから考えることになります。
型があると、それに沿ってサクサク進む。型がないと、毎回止まる。
しかも型は、自分一人で作る必要はありません。AIと壁打ちしながら、一緒に新しくしていけます。
この辺りは、AIを「文句を言わない、めちゃくちゃ働き者の部下」として見ると分かりやすいです。
指示に忠実で優秀な部下がいても、上司が効果的な指示を出さなければ、思ったように仕事は進みません。
任せられる量を決めるのは、AIの性能ではなくこちら側の型や引き出し。型は経験と知識から来るので、行動しないと増えない。
「知識」と「見識」は、何が違うのか
ここで、言葉を分けておきたいと思います。
知識は、個別具体の答えです。「この場合はAが正解」というレベルですね。
見識は、その知識も含みつつ、コンテキスト(=前提や文脈)が入っていることです。
個別具体ではAが答えでも、全体を総合して見るとBの方がいい、ということがあります。
どちらを重視するかの判断まで含めて、見識なのかなと思います。
| 知識だけの状態 | 見識がある状態 |
|---|---|
| 「この場合はAが正解」と即答できる | AとBのどちらを重視するかを選べる |
| 知っている方法に引っ張られる | 目の前の状況に合わせて方法を捨てられる |
| 答えがはっきりするので安心できる | 絶対の正解はなく、迷いも残る |
面白いのは、知識だけでは足りないという点です。
知識がありすぎると、逆に答えが歪むことがあります。
知っている方法に引っ張られて、目の前の状況に合わない結論を出してしまうんですね。
だから見識には、絶対的な正解がありません。迷いも悩みもあります。
ただ、細かい一部のことや、成功しやすい手順については、知識が正解になることも多いです。
見識は、行動でしか増えない
では、見識や型はどうやって増やすのか。
私の答えは、行動です。
手を動かす。頭を動かす。考えることも大事ですが、行動が効きます。
型は経験から来るので、経験しないことには増えません。
もう一つ、型を持っていない人がAIを使うとどうなるか。
効かないわけではありません。ただ、一般論に寄っていきます。
一般論の最適解は、たいてい誰かがすでにやっています。サービスにもなっています。
つまり、AIに聞いて出てくる答えは、車輪の再発明になりやすいんですね。
だから順番としては、既にある最適解に乗った上で、自分の経験や成功事例を積み重ねる方が早いです。
AIは一般論を出すのが得意です。日常のレベルなら、それで十分戦えます。
ただ、それだけだと「しっくりこない」が残ります。
AIに渡す「前提」は、ぜんぶ
その「しっくりこない」の正体は、前提が揃っていないことだと思っています。
では前提とは何か。これはもう、全部です。
自分の置かれている環境、知っていること、知らないこと、過去のこと、今感じていること。
自分のやっていること、見ているもの。すべてが前提です。
ただし、自分の感覚だけを入れればいいわけではありません。
自分の感覚は、N1(=サンプル数1)でしかありません。
自分の感覚と、客観的な事実を一緒に入れる。
すると、自分の感覚に沿いつつ、自分が望んだ以上の結果が出やすくなります。
うまくいっているときのAIは、自分のコピー、自分のコピープラスアルファのような存在になっています。
AIに渡す前提は「自分の感覚+客観的な事実」。感覚だけではN1(=サンプル数1)の世界から出られない。
これからの問いは、「何を任せるか」ではなく「何を任せないか」
ここまで来ると、問いの形が変わります。
今は、大半のことは任せられます。だから逆の問いになるんです。
何を任せないか。そのために自分は何をするか、という問いです。
任せる量が増えるほど、レバレッジ(=てこの効き)は大きくなります。
レバレッジが大きいということは、自分が判断を間違えたときの影響も大きいということです。
だから、責任を取れる範囲を少しずつ広げていく必要があります。
その先には、AIとAIがやり取りする世界もあるのかなと思っています。
そのときのコミュニケーションは、「社交辞令はいらねえ、結果で出して」に近くなるはずです。
そうなると、しょうもない感情で「ああじゃない、こうじゃない」と言っている場合ではなくなります。
評価軸も変わります。上司の仕事を全うしている人は評価されやすくなり、そうでないタイプは評価されにくくなる。
逆に、変われない企業は淘汰されていくかもしれません。
だから今のうちに、人間にしかできないことを伸ばしつつ、同時に手を出しておく。
この両方をやっておくのが、割と大事なのかなと思っています。
まとめ
- AIは「検索の代わり」から「任せる相手」に変わった
- 任せられる量を決めるのは「型」=うまくいく事例、経験、知識
- 知識は個別具体の答え。見識は前提込みの判断
- 型も見識も、行動でしか増えない
- 前提は「全部」。自分の感覚だけでなく、客観的な事実も入れる
- これからの問いは「何を任せないか」
まずは、AIに何か一つ任せてみてください。
返ってきたものに「しっくりこない」と感じたら、その理由を前提の側から探してみる。
その繰り返しが、任せられる量を増やしていくんじゃないかなと思います。
まあ、そんな感じで、AIと一緒に自分の見識を育てていけるといいなぁという話でした。
昔は「AIは検索の代わり」で十分だと思っていたんですが、ちょっと変化が早すぎますよね、本当に。